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金森栄治 珍プレー

金森は、PL学園から早稲田大学、プリンスホテルを経て1981年度ドラフト2位で西武ライオンズに入団した。1年目はたいした成績を残すことができなかったが、2年目から徐々にその才能を開花させていった。そして85年には、規定打席に到達し、3割1分2厘、12本塁打、55打点の成績を残した。しかしその後は、若手の台頭もあって、代打での出場が主となった。彼が死球屋と呼ばれるわけは、なんと行ってもその当てられた死球の多さだ。84年は、65試合の出場にもかかわらず、12個もの死球をぶつけられている。これはリーグトップだ。そして規定打席に到達した85年は、15個の死球をぶつけられている。これもリーグトップである。私はさっき、“当てられた”と書いたが、これにはちょっと語弊があった。というのも彼は、自分から当たりにいったのだ。何が何でも出塁してやる、という彼の心意気がひしひしと伝わってくるエピソードである。92年に一度、自由契約により野球人生を終わりかけた金森は、見事ヤクルトで復活した。結局金森は、96年まで現役で活躍した。その後も、ヤクルトのコーチとしてチームに残った(今はヤクルトを退団している)。

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2012年03月19日 14:31に投稿されたエントリーのページです。

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