吉田は、身長165センチの小柄な選手だった。そのため、吉田に初めて目をつけた阪急の浜崎真二監督は、「あまりにもチビで、牛若丸みたい」という理由で、獲得を断念している。しかし、浜崎監督自身、身長が154センチしかなく、歴代のプロ野球選手の中で最も身長が低かった選手ではないかと言われている。そんな浜崎監督が獲得をやめた吉田は、阪神が目をつけた。しかし、阪神は、当初、慶応大学のショートを守っていた松本豊を獲得する予定だった。ところが、松本の婚約者の猛反対に遭って、入団契約は成り立たなかった。そこで、阪神は、急遽、吉田を獲得することにし、1953年に吉田は阪神に入団。守備で見せる牛若丸のような華麗で俊敏な動きでファンを魅了した。そして、翌年から「牛若丸」、もしくは今様・今風の牛若丸という意味で「今牛若丸」という愛称をつけられ、親しまれるようになる。阪急は、身長を理由に吉田を獲得しなかったことをかなり悔やんでいたという。